暑い夏は冷房の効いた部屋で高校野球をテレビ観戦する。大阪在勤だったころは毎年、準々決勝を甲子園球場ネット裏の最上段で観戦した。浜風が吹き抜け、涼しかった。
負けたチームがグラウンドを去る時、ネット裏の観客は「また来いよ」と声をかける。負けたチームを思いやる雰囲気が好きだった。その当時から、「いいかげん止めたら」と思っていたことがある。負けたチームが甲子園の砂を記念に持ち帰る慣習である。負けて泣きじゃくる選手が、砂を袋に詰めるところを、カメラマンが地面にはいつくばって表情をカメラに納める。それが甲子園だった。
毎年優勝チーム以外の50チームくらいが負ける。各チームの選手は18人いるから、選手一人100グラムの砂を持ち帰ると、18×50×100で90キログラムになる。10年で900キロ、約1トンである。その砂を球場はどこからか補給しているはずだ。
どこの砂ともしれない砂を大事に持ち帰る選手はいじらしく、責める気にはなれないが、その伝統はもう止めにしたらいいのに。もっと他に記念になるものはないのか。毎年そう思っていた。
沖縄が本土復帰する前、戦後初めて甲子園に出場した首里高校の選手の持ち帰った甲子園の砂が那覇港で検疫に引っかかり、船から海に捨てさせられた事件があった。「熱湯消毒すればいいじゃないか。選手の思い出を奪うなんてひどい」と憤慨したものだが、当時も今も選手の甲子園の土にかける思いは変わらないのだろう。
今年の準々決勝。春の選抜決勝戦と同じ組み合わせが実現した。結果は春と同じ、常葉菊川が勝ち、大垣日大が負けた。だが大垣日大の選手は甲子園の砂を持ち帰らなかった。その意図するところは知らないが、負けてもすがすがしい笑顔があった。負けず嫌いの自分も負けたら悔し涙を流すと思うのだが、勝った負けたで一喜一憂するのではなく、力を出し切れたかどうか、を価値基準にする若者が出てきたことがうれしい。
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