IBMがPCから撤退するという報道があった。PCは紙より薄い利益しか出ない、とIBM幹部は以前からこぼしていた。いまやソフトサービス会社になったIBMとしては当然の結論なのかもしれないが、PC時代を創ったIBMが撤退するのは寂しい限りである。
PCの元祖はアップル、タンディー、コモドールの御三家だが、今日の普及のきっかけはIBMがPCを出したことだった。MSが今日の隆盛を築くきっかけも、みなIBMがPCに打って出たからだった。
いままで何台もPCを買ったが、一度も壊れなかったPCはIBM製だけだった。ハードだけでなく、ソフト的にも強かった。だから使い続けたかったが、価格だけが私にとって難点だった。
日本で初めてIBMが消費者向けに出したPCのJXはあまりいただけなかったが、消費者の声を生かすことで、IBMのPCは育ってきたはずだ。PCから撤退することは、消費者と断絶することを意味する。
かつてIBMはメインフレームの巨人としてコンピューター市場を独占した。しかし、ダウンサイジングの波に乗り遅れ、地獄を見た。企業ユーザーだけを相手にしていたからだ。もっと広い市場、消費者市場を見ていなかった。
いま、また企業ユーザーだけの市場に舞い戻るとすれば、かつての二の舞を踏む恐れがある。消費者との接点がない企業は、いくら巨人でもいずれ衰退する運命にある。そのことをIBMは一番知っているはずなのだが。
また、IBMはオープンソース陣営の有力な旗頭でもある。サンなどMS対抗企業が相次いでMSの軍門に下るなかで、IBMだけが最後のより所でさえある。PCから撤退したからといってオープンソースから撤退するわけではないとIBMはいうかもしれないが、オープンソースの背後には多くの消費者がいる。その消費者と絶縁してオープンソース陣営の一翼を担えるのだろうか。IBMはいくらPC事業が苦しくても撤退してはならない。
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