慶応藤沢キャンパスの研究活動を公開するフォーラムが六本木ヒルズで開かれ、村井純慶大教授と坂村健東大教授の対談があった。米国発のautoID推進の村井さんと日本発のユビキタスID推進の坂村さんがユビキタス時代の情報ネットワークについて語り合った。メディアではとかく両氏の対立がおもしろおかしく取り上げられているせいか、この辺で世間の誤解を解いておこうというねらいがあったのかもしれない。もっぱら村井さんが聞き役に徹し、坂村さんの独演会のようでもあったが、特にautoIDとユビキタスIDで意見が対立する場面はなかった。
坂村さんが強調したのは、技術のことをよく知らないまま、政治的に論評されることへのいらだち。坂村さんは、リアルタイムOSとしてのTRONとタイムシェアリングOSとしてのリナックス、WINDOWSの違いを理解すべきであり、マイクロソフトと戦うためにTRONを開発したわけでもないし、リナックスと戦うためにマイクロソフトと組んだわけでもない、と話していた。
TRONはWINDOWSの前身MSDOSが登場した時、日の丸OSとして脚光を浴びた歴史があり、いまだに日本発のOSという理解が抜けきれない。しかし、エンジンを制御したり、携帯電話をコントロールしたりするチップが、しばらく待たないと立ち上がらないOSでは使いものにならない。世界にはTRON以外にもリアルタイムOSはあるが、WINDOWS、リナックスとTRONを同列に論じるのは、誤解を招く恐れがあると思った。
家電業界がいま、家庭内の情報化のために、家電組み込みリナックスを推進しようとしている。同じ組み込みでも、TRONの組み込みとリナックスの組み込みでは意味が違うのではないか。TRONを組み込んだチップの上で、組み込みリナックスが動くこともあり得る。坂村さんは、その両方がコミュニケーションできることがユビキタス時代には必要なのだと強調した。
さらに坂村さんは、電波についてもリテラシーが足りないと訴えた。電子タグ(RFID)に利用される周波数は米国が900メガヘルツ帯。日本で利用する2・5ギガ帯のタグは米国では使えない。米国で使えないタグのついた製品は輸入禁止になる、などの指摘がある。この問題について坂村さんは、タグとそれを管理するコミュニケーターは周波数が違っても対応できる、と語った。米国防総省は軍用RFIDを開発しているが、その規格はautoIDとは違う、のだそうだ。
米国がデファクトとして世界を巻き込んで推進しているautoIDとは違う規格でユビキタスIDが推進されることに危惧の念を抱く人は少なくない。この私自身、なぜだ、と最初は思ったが、よく聞いてみると、両者はすみ分けが可能だし、そもそも物流を管理するautoIDとユビキタス社会のモノとモノの情報管理を目指すユビキタスIDとは目的が違うのだから、おもしろおかしく日米対立の再燃とか、村井純と坂村健の対立の構図として描くのはいかがなものか、と思えてきた。
日本の電波は国が管理し、一部の企業が国から割り当てを受ける免許制のもとで、利用してきた。だから秘密主義というか、広く国民が知りうる状態になかった。国民の電波リテラシーはまだ十分ではない。
技術は経済や産業、社会と密接な関係にあるのに、最近は学生に理系離れが進み、技術音痴の議論がまかり通る時代を憂えて、坂村さんは「技術者よ声をあげよ」と語った。技術を知る人が今確かに沈黙している。政治や行政などが技術をリードしている。技術革新が激しいこの時代、技術者は政治や行政に技術のことをもっと理解させる努力が必要だ。技術者は技術の世界にとどまっていてはいけない。技術は社会で使われて初めて存在価値があるのだから。
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