21日朝日新聞夕刊によると、著作権者の許可なくネットに掲載されたコンテンツを、違法であることを知ってダウンロードした者は、著作権法違反になる公算が大きいそうだ。文化庁の著作権分科会私的録音録画小委員会で、それを違法とする意見が大勢を占めた、という。ばかばかしくてあいた口がふさがらない。
違法にネットに掲載されたコンテンツに、これは違法ですと書いてあるわけがない。どうやって利用者は違法か合法か知ることができるのか。YouTubeには権利者が宣伝広報のため無料でダウンロードさせているコンテンツがいくらでもある。違法と合法の境界はきわめてあいまいである。
21日開かれたICPFのシンポでもこのことが話題になった。ある専門家は「一般市民に区別できるわけがない。違法ダウンロードに罰を課すことができるなんて大いなる誤解だ」と語っていた。こんなことが法制化されたら、それこそ1億全国民が全員犯罪者になる恐れがある。
そもそも文化の受益者、一般市民には、フェアユースつまり私的コピーが許されている。どのような著作物であれ、私的コピーが可能だからこそ、言論表現の自由、科学技術の進歩が担保されるのであって、違法コンテンツに限るとはいえ、フェアユースの権利まで制限するのは、本末転倒である。
私たちは様々な表現、言説をコピーして手元に置き、それらをより深く理解する。それを元に新たな表現や言説を創り出している。私的コピーはこうした精神活動を支える基本的な要素である。インターネットやデジタル技術がそれを容易にかつ安く実現したことは文化や科学、民主主義の発展に寄与こそすれ、決して衰退にはならないはずである。
権利者たちの利益ばかり先行する著作権論議のあり方そのものがおかしい。メディアは著作権論議を違法合法の観点からではなく、言論表現の自由、民主主義の観点から見るべきではないか。
「miau」というサイトでパブリックコメントの書き方を教えてもらえます。映像がアウトになれば、自動的に文章もアウトになります(ITmedia記事内で、文章関係業界も権利を主張すると明言)。そうなれば、迷惑メールの中に小説の一節があっただけで、それを受信した時点で犯罪になります。ネット検索もブログを見ることも携帯メールもほぼできなくなります(業界に訴えられたら、“故意ではないこと”を事実上証明できないので圧倒的不利)。一番大事なのは、“ネット以外の人にもこのことを知ってもらう”こと。パブコメ終了したあとも周りに広める、そうして、日本中で反対がいっぱいになれば、さすがに法律を作れなくなります。権利ばかり主張する人たちに、わたしたちが「普通にネットをする権利」を侵害する権利はありません。
投稿情報: ぷりん | 2007年10 月24日 (水曜日) 04:52