卒業式の季節がきた。毎年、近所の大学や謝恩会の開かれるホテル、宴会場から出てくるはかま姿の女子学生を見かける。成人式の晴れ着姿の娘さんもいいが、昔ながらのはかま姿の女子学生の方がいい。見かけたら心の中で祝ってあげることにしている。
私には大学卒業式の経験がない。あの安田講堂落城の年に卒業したからだ。荒れた大学で式など執り行われるはずもなく、あたふたと卒業した。卒業証書はもらっていない。後から大学が実家に送ってきた。
そんな体験があるせいか、卒業式帰りの学生を見ると、ある感懐が湧く。幸せな学生生活を送れてよかったね、という感情と、安穏な学生生活を送るだけでよかったのか、という感情がない交ぜになるのだ。
あの時、大衆の力と権力がぶつかり合った混乱の中で、何のために学問があるのか、何のために学生は学ぶのか、大学は社会のために何をするのか、学生という存在は何なのかなどと考え、議論し、そして挫折した記憶。あんな騒乱はない方がいいに決まっているが、何もない学生時代を終えて卒業することの虚しさをいまの学生は感じているだろうか。そんなことを考えてしまう。
在校生から卒業する学生に贈る言葉を求められた。しゃれた言葉のひとつも出てこない。たまたまスティーブ・ジョブズが2005年米国スタンフォード大学の卒業式で語った言葉をメールで送ってくれた人がいたので、それを借りて贈った。
stay hungry stay foolish
ジョブズのこの言葉も実は借り物だったらしい。
この3月、全国あちこちを飛び回っていて、いかにもそれと分かる女性を多く見かけました。明治、大正のロマンというか流行というかワンパターンというか、色とりどりの矢絣に紫の袴。男性はスーツなので、目に付かなかったのかもしれません。
私は高校が1969年の紛争で卒業式はナシ、大学はオイルショックで内定取り消しの電話を前日に卒業式どころじゃなかった。ですから、中学校の卒業式が最後でした。いまどきの卒業式はどんな感じなんでしょうね。そして式に臨む若い人の感慨とか夢とかは、どういうものなのか、ちょっと興味がわきました。
投稿情報: 佃です | 2009年3 月23日 (月曜日) 00:59